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けもの道。

と、言うんだと思う。




 小さな、それこそ物心つくかつかないかの頃から毎日のように通る道。その森の名も知らない草や花、木の枝の一本一本がどのように生えているか知り尽くす程に、何度も同じ場所を通ったために残った跡。一人の少年が進んで行く。
 少年と呼ぶには少し大人びているが、しかし青年と呼ぶにはまだまだ線が細い。栗色の髪がかかる頬はうっすらと紅く色づき、未だ幼さを残している。横顔からも、すっと鼻筋がとおっていることがわかる。これまた色素の薄い瞳を扇形に縁取る睫は少女のように長く、よくクラスの女子生徒達にからかわれるので彼自身は気に入っていない。
 彼の自宅の庭のすぐ先から広がる裏山を通過し、生い茂った木々の中にポツリとある古びたトンネルへとまっすぐに続いている。いつもと同じ道をいつもと同じ靴で踏みしめて行く。ただ少し違うのは、胸の高揚感だ。サッカーの試合前のウォーミングアップの時のような、ジェットコースターの下降寸前に頂上から景色を見渡す時のような。不安もあるが、それは今考えることではない。何か起きたらその時考えればいい。直感で身体が動いたらそのとおりにすればいい。
 生れ落ちたより以前、自分という細胞が確立した瞬間から、思っていたことがある。頭ではわかっていなくても、本能で、心の奥底でずっと思い続けていたこと。それは自分がしたいことであり、同時にしなければならないことでもある。

 一世一代の作戦を実行する時が、今、来た。

 木々が途切れ、視界が開ける。森の中にぽかんとあるちょっとした広場に出た。
 そこにそびえるはレトロな赤を纏ったトンネル。実にここらの土地に不釣合いだ。が、そういった感覚を持つ以前から見ているので、麻痺してしまって特に何も感じない。悪趣味とだけ思う。
 トンネルの暗い穴の先にはぽつりと白い光が見える。あれが出口だ。訂正、スタート地点だ。いつもここから眺めるだけで、今までこの先に足を踏み入れたことはない。
 「ちょっと行って来るな」
 毎日のように顔を合わせている石像の頭にぽん、と手をのせる。乾いた石のひやりとした冷たい感触が手のひらに伝わる。同時に、急に強い風が吹き渡り、辺りの木々を揺らした。木の葉が舞う。突風がトンネルに吹き込み、人の低音の声のように響く。トンネルが風を吸っているのかもしれない。
 色素の薄い髪が目にかかり、鬱陶しく思って前髪を掻き上げる。
 「来れるもんなら来てみろってか」
 何か形のないものに挑発された気がして、ニヤリと口端を上げて言う。
 「受けて立とうじゃねえの」
 一瞬、ふと振り返って自宅の方向に目をやりそうになるのをぐっと堪える。振り返るな。今は前に進む時だ。
 目を硬く閉じる。
 存在を認めてもらえないかもしれない。否定されるかもしれない。覚悟の上だ。それでも。

 さあ、行け。

 ふ、と息を吸って目を開く。足を大きく前に。大地を後ろに蹴り飛ばす。それを繰り返して、走るという行為をする。
 スタート地点の頼りない光に向かって駆け出した。






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